2007年04月09日

こういうのを本音って言うのかな。

いつも側に居られれば、どんなに良いことかと思う。
たぶんそれが、一番理想的で、良い方法なのだと思う。

でも、困ったことに、僕にはそれができない。
だから、「側に居られない時間」というものが、どうしても、できてしまう。

もし、その間の「代替品」が欲しいのなら、求めてくれてもいい、と思う。

‥‥もちろん、「代替品が本命に化けなければ」の話である。そうなってしまっては僕が困る。
でも僕には、そうならない事を、信じる事しかできない。

なぜなら、いつも側に居ることができないからである。-------------------------

いつも側に居ることができたら、こんな事を考える必要も無いのである。
要らぬ心配もしなくて済むし、幸せで居られるからだ。
できることなら、それが理想である。

でも、現実はそうはいかない。
なぜならその前に、2つの壁が立ちはだかるからである。

それが「仕事と趣味」である。

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仕事はまあ、仕方がない。

これをしないと飯が食えないし、趣味も楽しめない。
生きていくうえで、やはりお金は必要なので、これは残念ながら、最優先させざるを得ない。
(最優先させなくても、会社の中で生きていく方法はあるが、それは僕には向いていない。)


問題は、趣味である。

‥‥趣味と言うよりは、「ひとりの時間」と言った方が正確だろうか。
ようは、文章を書いたり、色んなサイトを見たり、ぐったりしたり、本を読んだりする時間のことである。

これが無くても生きていける人は居るようだが、あいにく僕には、こういう時間が必要である。
こういう時間が無いと、たぶんいろんな意味でストレスが溜まったり、欲求不満になったりすると思う。

例えばラーメンが好きな人がいるとして。
毎日3食ラーメンを食べられる人は、おそらく居ないだろう。
そんなのは、オバQに出てくる小池さんぐらいのものである。毎日ラーメンは、いくらなんでも、受け付けないだろう。

つまり、人間という生きものは、1つの幸せだけでは生きていけないのである。
そして僕は、ひとりの時間が大好きな人間である。(そのために、ひとり暮らしを始めたと言っても、過言ではないほどである。)

だから、僕には「ひとりの時間」が欲しいし、必要だと思う。

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‥‥とはいえ、あくまでこれらは、僕の「個人的な」事情である。
だから、この2つの壁を突破できない責任は、僕にあると思う。

頑張れば、突破することはできると思うが、たぶんそれは、「無理をする」という領域に入ってしまうと思う。
「無理」することが許されていない以上、冒頭で述べたような姿勢で居るしかないのである。

その結果、仮に代替品に染まってしまったとしても‥‥‥それもおそらく、僕の責任である。
ゆえに、僕にはその行為を責める権利はない。(僕のせいなのだから。)

だからその場合は、相手の幸せを願うのみである。
不本意なことではあるが、それがこの方程式の「解」であり、僕にとって一番無難と思われる方法なのである。

少なくとも今は、そう思っている。
ではでは。

※ 既に電波ブログと化しつつあります。すみません^^;
posted by TCT at 07:58| Comment(1) | 日記
この記事へのコメント
もちろん多くは望んでないです。
気休め程度でいいんです。

自分の時間よりも大事なものがあるのは、知ってますので。
Posted by TCT at 2007年04月20日 00:17
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